車載用ストレージ技術に関する5回シリーズの4回目となる今回は、車載ネットワーク(IVN=in-vehicle network)の発展と車載電気/電子(E/E)アーキテクチャの進化がPCIeリピータICにもたらす可能性について紹介します。
自律走行技術とインテリジェント・コックピットの台頭を語る上で車載E/Eアーキテクチャの進化を見過ごすことはできません。前回、集中型アーキテクチャへのシフトがデータストレージ技術の進化(eMMCやUFSからより強力なPCIe 3.0やPCIe 4.0 SSDへの移行)や車載ネットワークの進化を促したことを説明しました。CAN、LIN、MOST、FlexRay、Ethernetといったよく知られた規格だけにとどまらずファイソンは、PCIe分野での潜在的なビジネスチャンスにも注目しています。 PCIeには、その広範なエコシステムのサポートに加え、非常に低いレイテンシ、優れたスケーラビリティ、高帯域幅と信頼性という利点があります。これらの利点により、ファイソンは、PCIeが車載ネットワークシステムにおいて重要な役割を果たし、自動車産業の将来において大きな可能性を秘めていると考えています。
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従来の車載プロトコルの歴史
車載ネットワーク(IVNプロトコル)の開発は、自動車の進化において重要な役割を果たし、車両内のさまざまなマイクロコントローラ、電子制御ユニット(ECU)、センサー、アクチュエータ等を結びつけ、相互に通信・連携することで機能性を高め運転体験の向上を実現してきました。
車載ネットワーク(IVNプロトコル)には以下のようなものが含まれます。
CAN(Controller Area Network)
CANは1980年代初頭に発明され、自動車用電子制御ユニット(ECU)とサブシステムが相互に通信できるシリアル・バス・プロトコルとして、自動車用データ伝送プロトコルの先駆けとなりました。CANは、その信頼性と堅牢な耐障害性で知られ現在も広く使用されています。しかし高機能で信頼性が高いにもかかわらず、多くの自動車メーカーはCANを車両全てに実装するにはコストがかかりすぎると考えています。
LIN(Local Interconnect Network)
2002年、LINコンソーシアムによってより低コストのシリアル通信プロトコルとして発表されたLINは状況次第でCANの代替として機能し、多くの場合、性能、データ帯域幅、セキュリティがそれほど重要でない自動車の分野(例えばワイパー、窓、空調(HVAC=Heating, Ventilation, and Air Conditioning)、シートモーター、ドアロックなど)のサブステムとして使用されています。
MOST(Media Oriented Systems Transport)
1998年、マルチメディアとエンターテインメントへの需要の高まりに応えるためにMOSTプロトコルが導入されました。MOSTは、光ファイバーを使って高品質なオーディオやビデオデータを高速伝送するソリューションを提供し、2007年にリリースされたMOST150規格では最大150Mbpsの速度を達成しました。しかし、車載エンタテインメント・システムがより高速の伝送需要を求める中、MOSTは徐々に車載イーサネットに取って代わられその重要性は時間の経過とともに低下していったのです。
FlexRay
2006年、BMWは新しい高速アダプティブダンピングシステムの通信プロトコルとしてFlexRayを初めて採用しました。 CAN FD (CAN with Flexible Data Rate)が5Mbpsだったのに対し、FlexRayは最大10Mbpsの伝送速度をサポートし、冗長設計による高い耐障害性と向上したリアルタイム機能を提供しました。その結果、高性能なパワートレイン・システムやセーフティ・アプリケーションに適した一方で、FlexRayは高価格で複雑な仕組みのために普及が進まず市販車での採用はドイツ車のみでした。速度が要求されコストが重視されるアプリケーションではFlexRayもまた徐々にイーサネットに取って代わられつつあります。
イーサネット(Ethernet)
2008年に、BMWが外部診断とソフトウェア更新用のインターフェースとしてイーサネットを初めて使用しました。 しかし従来の車載ネットワーク・プロトコルが高速データ転送シナリオに不十分であることが判明したのは2016年になってからです。 高速転送のニーズに対応するためにIEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers 米国電気電子学会)は車載イーサネット規格として、それぞれ100Mbpsと1000Mbpsの速度を持つIEEE 802.3bw(100Base-T1)と802.3bp(1000Base-T1)をリリースしました。この規格はケーブル配線、エンコーディング、重量、長さといった点で、従来のIT環境とは異なる車載環境向けに適合させたものでした。
先進運転支援システム(ADAS)技術の発展や、センサー、レーダー、高解像度の非圧縮ビデオ、セントラルゲートウェイ、インフォテインメント・システム、ヘッドアップディスプレイ(HUD)、高解像度スクリーン、5G接続などのさまざまな車載アプリケーションの進化に伴い車載ネットワーク(IVN)に求められる帯域幅は増大していきました。そしてCANバスやLINやFlexRayなどでは対応できなくなりつつあった中、IEEEは一歩進んで2020年に2.5Gbps、5Gbps、10Gbpsの伝送速度をサポートする802.3chの新規格を発表するに至ったのです。
今後プロトコル規格間の競争は徐々に収束していくと思われます。エコシステム、標準化、伝送速度、拡張性の面で明らかに優位なイーサネットがMOSTやFlexRay、一部のCANに取って代わり先進的な自動車には必須のIVNプロトコルになるでしょう。一方で速度や安全性がそれほど重視されない分野では低コストのLIN規格も生き残っていくと思われます。またCAN/CAN-FDは、引き続きボディ、パワー、シャーシ、診断ECU間の主要プロトコルとなるでしょう。
自動車の電気・電子アーキテクチャがドメイン・アーキテクチャから集中型ゾーン・アーキテクチャに移行するにつれ、業界ではPCIeの潜在的な必要性が高まるなど、いくつかの変化が見られます。
図 1. 車載プロトコルの進化の年表
車載ネットワークの将来
車載ネットワーク(IVN)の規格の進化は、自動車産業における絶え間なく変化する要求と技術の進歩によってもたらされました。IVN規格の登場は、基本的な通信から、リッチ・マルチメディア、ADAS、高性能機能の実現に至る自動車電子システムの進化を象徴していると言えるでしょう。
イーサネットは高速伝送のニーズを満たしたうえで集中型アーキテクチャの実現も可能にします。 以前は自動車用ワイヤーハーネスの重量は30kgに達することもあり配線も非常に複雑でした。しかし集中型アーキテクチャの設計により車載ワイヤーハーネスの重量は大幅に減り、検証や製造のためのリソース削減も可能となり、より多くのスペースを確保することができるようになりました。 図2は、ドメイン・アーキテクチャと集中型ゾーン・アーキテクチャにさまざまなIVN標準を採用した場合のシナリオを示しています。エッジECUの数は増加の一途ですが、集中型ゾーン・アーキテクチャに移行することでワイヤーハーネスの設計を大幅に簡素化できることがわかります。データはエッジでゾーンコントローラを介して前処理され、計算されたデータは高速イーサネットを通じて集中コンピューティングユニットに伝送されるため大規模で複雑な配線が不要になります。
図 2. ドメイン アーキテクチャ IVN とゾーン アーキテクチャ IVN の比較
高転送レートで低遅延のPCIeはどこにあるのか?
PCIe(Peripheral Component Interconnect Express)技術はPCIe Wi-Fiチップ、GPU、SSD、チップ間相互接続などを含む車載システムですでに使用されています。PCIeは、サーバー、産業用および民生用電子機器アプリケーションで広く採用されており非常に成功した技術と言えます。そしてPCIeは未来志向の開発ロードマップを持ち標準帯域幅は数年ごとに倍増しています。PCIe 5.0は1レーンあたり32GT/秒のデータ転送速度を持ち、マルチレーン構成による優れた拡張性と数十ナノ秒(ns)のレイテンシを提供し、マイクロ秒(μs)レベルにとどまるイーサネットのレイテンシを凌駕しています。
PCIeのもう一つの利点はその広範なエコシステムです。この20年の間にPCIeは包括的で成熟したエコシステムを確立してきたため、現在、多数のPCIeデバイス、チップ、エキスパートが市場に存在しています。そして2021年にはPCIe Automotive Working GroupがPCIe-SIG (PCI Special Interest Group)によって設立され、さらなるエコシステムの促進と仕様の確立に尽力しています。ファイソンはPCIe Automotive Working Groupのメンバーであり、エコシステムの推進と自動車業界に特化した標準の確立に積極的に取り組んでいます。
現在、自動車でのPCIe利用に考えられるいくつかのシナリオを紹介しましょう。
(図3. 自動車における PCIe の潜在的な使用例
コンピュート処理のスケーリング(SCP=Scaling compute processing)
これは自動車で最も一般的な PCIe の使用例であり主に先進運転支援ドメインコントローラ、コックピットドメインコントローラ、およびシステムオンチップ(SoC)、GPU、アクセラレータ間の相互接続を含む中央コンピューティングシステム内のチップ間通信に使用されます。
データバックボーン
特に2020年にIEEE 802.3ch規格が導入されて以来、イーサネット規格が先進的な車載バックボーンにおける主要なソリューションの地位を確立しました。イーサネットは最大10Gbpsの伝送速度と最大15mのシールド付きツイストペア・ケーブルの使用を可能にし、ケーブルの重量と使用量を大幅に削減して伝送速度を向上させています。しかし従来のアプローチでは、長距離のECU相互接続用にネットワーク・インターフェース・カード(NIC)を使用してPCIeをイーサネットに変換し接続先のECUでPCIeに戻す必要がありました。この方法では超低レイテンシ、信頼性の保証、ダイレクトメモリアクセス(DMA)のサポートなどのPCIeプロトコルの利点の一部が失われてしまいます。自動車における難しい長距離信号伝送にPCIeを使用するにはまだ克服すべき技術的な課題がありますが、先進システムのニーズが進化し続ける中この分野でのPCIeの応用が注目されています。
PCIeベースのストレージ料儲存
前回の記事で述べたように車載マルチメディア、ADAS、イベントデータレコーダー(EDR)、高精細マッピングなどのアプリケーションは、すべてより高速で大容量のストレージデバイスを必要としています。アーキテクチャの統合に伴って集中型ストレージの必要性が高まっており、先進的なPCIe SSDが注目されています。システムにおけるPCIe SSDの潜在的な用途は2つあります。1つ目は比較的単純で、インテリジェント・コックピット内でみられるような1つのSoCが1つのPCIe SSDにマッピングされる例です。2つ目の例は集中型ゾーン・アーキテクチャにおけるPCIe SSDの使用で、複数のSoCが1つのPCIe SSDに対応する多対1設計となる可能性があります。
テレマティックコントロールユニット(TCU)における接続性
TCUと中央ゲートウェイやインフォテインメント・システムとの接続は潜在的な採用例の1つです。アーキテクチャ設計が異なるため、4G/5GモジュールやWi-Fiチップ間では必ずしも長距離ケーブルで接続されるとは限らずまた、同じボード上でチップからチップへ相互接続される場合もあります。アプリケーションの観点からは前述の第1と第3の例が混在していると言えます。
PCIeはすでに自動車業界で採用され、PCI-SIGのAutomotive Working Groupには世界中の専門家が集まり信頼性、セキュリティ、機能安全、温度、ノイズ、電磁障害(Electromagnetic Interference=EMI)、ケーブル長などのさまざまな課題について議論しています。PCIeの技術的問課題の一つは複雑で厳しい車載環境に起因する信号の挿入損失とリターンロスであり、PCIeシグナルコンディショニングICはこの車載PCIe信号の問題を解決する上で重要な役割を果たします。
PCIeリピーター*(Redriver) /リタイマ(Retimer)が高速信号品質を確保
PCIe伝送速度の高速化が進むにつれシグナルインテグリティの問題はより深刻になってきています。特に現在主要な車載チップメーカーが採用しているPCIe Gen 5(32GT/s)では、超低損失回路基板の上であっても高速信号による課題が残ります。さらに複雑なシステム設計では信号がコネクタ、ケーブル、スロット、アドインカードアダプタ(AIC)などを通過する必要があります。 しかしCPUホストチップと端末機器にリピーター/リタイマのような高速インターフェースICを追加で組み込むと、高速伝送に伴う信号品質(シグナルインテグリティ)の問題を効果的に解決することができます。
PCIeリピーターとPCIeリタイマはどちらもPCIe信号を処理するためのICですが、機能や用途で若干の違いがあります。
リピーターICはPCIe信号の強度と安定性を強化し信号の劣化を補うことができ、マザーボード内部などの短距離接続によく使用されます。一方リタイマICは信号を強化するだけでなくデータを回復、クロッキングを提供し、データの新しいコピーを再送信します。長距離伝送中のシーケンスの歪みを回復・補正し、高いデータレート伝送の品質を確保することができます。そのためリタイマICは主に長距離接続や、データセンターやネットワーク機器など高いシグナルインテグリティを必要とするアプリケーションで使用されます。
まとめると、PCIeリピーターとPCIeリタイマはどちらもシグナルコンディショニング機能を備えていますが、PCIeリタイマの方がより包括的な機能を持ち適応範囲が広く、高コストではあるものの高品質で長距離のPCIe接続アプリケーションに適していると言えるでしょう。
図 4. リピーター IC とリタイマ IC の比較
先を見通して準備をすすめるファイソン
車載ネットワーク(IVN)と電子・電気(E/E)アーキテクチャの進化は、現代の快適な運転体験をサポートするために不可欠な2つの重要な要素です。過去、IVNは主にCAN、LIN、MOST、FlexRayなどのプロトコルが主流でしたが、今では広範なデータ伝送を必要とする高度な設計ではイーサネットにシフトしておりPCIeの使用も検討されています。現時点ではPCIeの使用はまだ限定的ですが、多くの利点がありチップ間相互接続やデータストレージの分野で重要な役割を果たしているため業界で注目されています。そして高速伝送中にしばしば発生する信号損失の問題は、PCIeリピーター/リタイマICを使用すれば解決することができます。
ファイソンのリピーターIC PS7101は、PCI-SIGによって認定された世界初のPCIe 5.0リピーターICです。PS7101、8チャンネルPS7102、16レーンPS7103のソリューションラインナップは、マザーボードにおけるリピーターシリーズ製品で60%以上の市場シェアを占めています(当社調べ)。ファイソンのPCIe5.0 リタイマPS7201 は現在サンプリング段階で2024 年に量産を開始する予定です。自動車業界ではこれらの関連技術と市場はまだ発展の初期段階ですが、ファイソンはすでに車載顧客と協力しIVN向けのPCIe信号ソリューションについて協議しています。ファイソンは車載PCIe技術の将来の発展に対応し今後の課題と機会に備えるため、車載仕様のPCIeリピーター/リタイマソリューションを計画しています。